縁起の物語
黒門
移ろいやすい世の中で
変わらないものの美しさ
仁王門から参道を少し歩くと、左手側に檜皮葺(ひわだぶき)の門が現れます。 建てられたのは1712年。市の指定建造文化財にも登録されている由緒ある門『黒門』です。 この『黒門』は本来、どのような役割を担っていたのでしょうか?その歴史をひも解いていくと、当時の意外な寺のあり方が見えてきます。
今でこそ法多山にある寺は尊永寺ひとつとなりましたが、昔は境内に12もの寺が並んでいました。法多山の境内がこんなに広いのはその名残です。 中世の頃の書物には「法多山」又は「法多寺」と記載されています。明治に入るまでは、参道添いの石垣の上に寺が立ち並び、それぞれ住職が住んでいました。その中で、中心的存在だったのが「学頭院 正法院」と呼ばれる寺。 『黒門』はその正法院の入口だったのです。
しかし、明治時代に入ると寺のあり方も大きく変化します。 “一山一寺(ひとつの山にひとつの寺)”を合言葉に多くの寺が統廃合され、法多山は一山が統合し「尊永寺」と総称されるようになりました。
寺の入口としての役目を失った『黒門』ですが、今では新たな存在理由で人々を喜ばせています。 それが、『黒門』越しに広がる優美な景色。徳川家康手植えの松を中心に構成された品格漂う日本庭園です。 「どれだけ手を加えれば、これだけの空間になるのだろう」この場所に身を置けば、そうつぶやかずにはいられません。
“松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)”という禅語があります。一年365日緑を保つ松の木ですが、春になると黄緑色の新芽が出て、元の緑は茶色と化します。 移ろいやすい世の中で、変わらないことの難しさと大切さを教えてくれている言葉です。 『黒門』も松の木も、決して華やかな存在ではありません。しかし、いつ訪れても変わらない穏やかな美しさで出迎えてくれます。 こんな世の中だからこそ、この場所は多くの人を魅了するのかもしれません。
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